ニューヨーク生活20年で経験してきた様々な実話集。 好きだから別れるしかなかった。そして別れてから始めて気づく事。新連載スタート。
それでもやっぱりニューヨークが好き
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ICU体験記 Part.12 「退院」
2008年 05月 06日 (火) 12:37 | 編集


翌日、早く退院したくて朝からずっとソワソワしながら抜糸をするドクターが来るのを待っていました。



抜糸と言っても縫ったわけではなくて、
手術で切開した頭の左半分を大きめのホッチキスのような物で留められていました。



その上、おでこの辺りはぐるっとワイヤーか何かできつく締められたような跡がくっきりついていて、



その姿はまるで、




フランケンシュタイン




にそっくり!でした。



それに丸坊主は避けられたものの、
手術で切った辺りの髪の毛はスポーツ刈りくらいになっていました。



髪の分け目を変えて右側の髪の毛を左側に持ってくると、
その部分は一応は隠れますが、
ロン毛とスポーツ刈りのコンビネーションがまるで、




パンクロッカー?




のようで、どっちに転んでも自分でも笑っちゃう姿でした。



手術前に黒目が上にいっちゃってた左目は、
一般病棟に移った時点でもまだダブルビジョンのままでしたが、
ドクターやお見舞いに来てくれた友人たちの話によると、
黒目自体は正常な位置にあるらしく、
後は徐々に元の状態に戻ってくると聞いて安心しました。



その後、無事抜糸が終了し、
その日のうちに退院できる事になりました。



退院の準備をしていると、
昨日会った日本人ドクターがまたやって来てくれて、
最後のご挨拶をして、
元彼の車で無事家に着きました。



家では私の母と子供たちと何人かの友人が待っていてくれて、
久しぶりの我が家で心底ホッとしました。



子供たちは久しぶりに会う私に遠慮がちに近づいてきたので、
ハグをした後、



「ママの手術した所見たい?」



と聞いてみると、



「うん、見たい」



と言ったので、ついサービス精神で、




「フランケンシュタインやで~~~」




と、迫真の演技でフランケンシュタインの真似をしながら、
髪の毛で隠していた傷口を見せたら、





「うわーーーん!!」





と、いきなり娘が大泣きしてしました…




それからというもの、
数日間、子供たちは怖がって私に近寄って来てくれないし、
私と目さえ合わせなくなってしまいました…



ジョークのつもりだったんですが、
ジョークにならなかったようで、
よっぽど怖かったんでしょうねぇ。



自業自得。 反省…




その日の晩、
母が作ってくれたおいしい夕食を食べながらNY1(ニューヨークのローカルニュース番組)を観ていると、
私が入院していたLenox Hill Hospital が映っているので、どうしたのかな?と思ったら、私が退院した日と同じ日に、
当時すごく人気のあった「Sex and the City」のSarah Jessica Parker が男の子を生んで退院したらしいです。



そんな有名人と同じ日に同じ病院で退院したんだーって思ったら、
ミーハーな私は勝手に親近感を覚えて嬉しかったです。


CNN.com 「Baby boy for Sarah Jessica Parker」





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ICU体験記 Part.13 「最終話 再会」へ行く





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ICU体験記 Part.13 「最終話 再会」
2008年 05月 09日 (金) 22:12 | 編集


退院後、初めての検診で入院前に診てもらった脳の専門医に行く際に、
そこから私が入院していた病院はとても近いので、
帰りに病院にも寄ってお世話になった人達にご挨拶をしてこようと思いつきました。



その時に持っていく手土産は何がいいか悩みましたが、
結局無難に誰もが知ってるGODIVAのチョコレートの詰め合わせを二つ買って持って行きました。



脳の専門医に関しては一度しか行ってないので特に思い入れはなかったけど、
私の頭を手術してくれた先生がいればぜひ挨拶したいと思っていました。



ドクターオフィスに入ると、
受付にあの日私と一緒に病院まで付き添ってくれた女性がいましたが、
それ以来会ってないので覚えてないだろうと思っていたら、
私の顔を見た瞬間、



「あらー! すっごく元気そうじゃない!」



と、満面の笑顔で迎えてくれました。



挨拶を済ませた後、彼女に、



「○○先生はいますか?」



と聞くと、今日はオフィスにいないとの事でした。



「○○先生によろしくお伝えください。 それからこれ皆さんで食べて下さい」



と言ってチョコレートを手渡すと、
すごく嬉しそうな顔をして、オフィスにいるドクター達を皆呼んで来ました。



「これ、ukainouさんから。 彼女とっても元気そうでしょー?」



と彼女が言うと、呼ばれたドクター達も皆私を見て驚いていました。



そのドクター達の顔に見覚えがあったのでよく考えてみると、
病院で寝ていた時に起こされて目を覚ました時にいた人達で、
この人達と私の担当医とで手術方法を話し合って決めたのだったと思い出しました。



検診の結果は問題なし。



他に何か質問はないですかとドクターに聞かれたので、
ふと、以前から気になっていた事を聞いてみようと思い、



「このおでこにくっきり付いてる線は
 くも膜下出血の手術をした人は皆付くもんなんですか? 
 どうやってこの線って付いた…」



「あのね」



と、まだ質問が終わっていないのに途中で話を遮られました。



「あなたは本当にとっても危険な状態だったんですよ。 
 今こうして生きていて、それも何の後遺症も無かったのは不思議なくらいなんです。 
 あなたの子供たちと再会できたってことはとーーってもラッキーだったんですよ。 
 ほんとにあなたはラッキーだ!! 
 You are a very lucky girl !!
 ワーハハハ!
 それじゃ、See you next week~~」



と、話をはぐらかされてしまいました。



ただ私は何でかな?と思ったので聞いただけで、
仮に間違いでおでこに跡が残ったんだとしても、
あの状態でこうして元気になれただけでもありがたいと思っていたので、
命を助けてくれたドクターに対して、
そんなことでどうとか言うつもりなんてまーーったくありませんでした。



でもそこは訴訟社会アメリカ。
そんなことでも訴える人達がたくさんいるのでしょう。



途中で話を遮られて呆然としていると、
さすがにこんなあやふやな返答じゃまずいと思ったのか、



「手術に関する質問は執刀医以外は答えてはいけないルールになっているので、
 もし気になるなら執刀医のドクターとアポイントメントを取って、
 直接話をすることは可能ですが希望されますか?」



と言われましたが、



「あ、別にいいです」



と言って断りました。



ドクターオフィスを出た後、
そのまま私が入院していた病院に向かいました。



アメリカの病院では中に入る時にセキュリティーに写真付きのIDを見せるだけで、
中に入ってしまえば後は何のチェックもなく、
ICUの中に入る時も日本のように白衣を着たりする必要も無く、
そのまま勝手に出入りOKです。



ICUにいた間はずっとベッドの上で器具に繋がれたので、
立った状態でICUの中に入るのは初めてで、
何だか不思議な気分がしました。



ICUの前に行き、自動ドアが開くと、
まだそんなに時間はたっていないのに、
何だか懐かしい気持ちになりました。



ダブルビジョンじゃないクリアな視界で、
顔見知りの看護婦さんはいないかな?と辺りを見回すと、
私が一番落ちこんでいた時に一晩中私の側に寄り添って話をしてくれた看護婦さんを見つけました。



私に背を向けて仕事していた彼女にそっと近寄って行って、



「Hi !  How are you ?」



と言って声をかけると、
振り返った彼女は私が誰だかわからなかったようで、怪訝な顔をしました。



そりゃ、そうだよなぁ。 
あの時は頭は包帯でグルグルだったし、
患者服だったし、
寝転んでただけだったし、
死にそうだったし、
それになんてったってすっぴんだったし、
誰だかわからないよねぇと思った私は、



「私よ! 私!」



と言いながら、髪の毛を分けて傷口を彼女に見せました。



その瞬間、



「Oh my god !!  Unbelievable !! 
 ぜんぜんわからなかった。 ほんとにあなたなの?」



と、超驚かれました。



そして私の体の調子を尋ねた後、



「ほんとの事言うとね。 まさかこんなに元気になるって思ってなかったの… 
 ほんと信じられない。 
 ここってね、ほらね、あんまり元気になる人って少ないじゃない? 
 だからね、こうやって来てくれてとっても嬉しいわ」



と言いながら、みるみる目が潤んできて涙が溢れてきました。



まさかこんなに喜んでくれると思っていなかった私も、
ついついつられて感動して涙ぐんでしまいました。



彼女は自分にも子供がいるので、
私が子供に会えない辛さがわかるから何とか力になってあげたいと思っていたらしいです。



感動の対面をすませた後、
彼女が他の看護婦&看護士を呼んで来てくれて、
皆が次々に挨拶に来てくれました。



何だか家族の元に里帰りしたような、
とっても和やかな時間を過ごす事ができて、
今日ここに来て良かったと心からそう思いました。





終わり。





ホッとしたー。 ようやく終わったー。 長かったー。
とりあえず最後まで書けて良かったー。

最後まで読んで下さった方々、感謝です!

これで取りあえずICU体験記は終わりましたが、
次もまたICUが出てきちゃいます。(私も好きねー)

次回はこの病院で知り合った日本人ドクターを通して知り合ったある日本人夫婦の話を書きます。

また長くなっちゃったらどーしよー。

更新もとろいのに、話が長いとそれまでの話の流れを忘れちゃいますよねぇ。


来週からまた忙しくなるので、
どれくらいの頻度で更新できるかわかりませんが、
皆さんのコメントや応援クリックでやる気が出るのでよろしくお願いしまーす。



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ボランティアとは?Part.1 「日本人医師と老夫婦」
2008年 05月 13日 (火) 15:53 | 編集


くも膜下出血で入院していた病院でお世話になった日本人医師のA先生と、
(参照→ICU体験記 Part.11 「一般病棟と日本人ドクター」
退院後もたまに連絡を取ってたんですが、
私が退院してから数ヶ月経った頃、
A先生から最近病院に入院してきたばかりの日本人の老人男性の話を聞きました。




彼の話によると、その老人の方は奥さんと二人で、
日本発、ニューヨーク経由でブラジルに住んでいる娘さん夫婦とお孫さん達に会いに行く予定だったらしいけど、
その途中でエコノミー症候群になってしまったらしい。


JFKに着いてすぐに空港近くの病院に搬送されたそうですが、
症状がかなり重く、
その病院ではちゃんとした設備がなかったので、
マンハッタンの病院に移動してきたとの事。



そんな訳で病院内で唯一日本語が話せるA先生が、
担当医との間に入って通訳をしてあげているらしい。



来る予定もなかった右も左もわからないニューヨークの病院に入院することになり、
アメリカに身よりもなく、英語も話せない彼らがとても気の毒で、
できる限りの事をしてあげたいけど、
もうすぐ日本に帰国することが決まっていて、
このまま彼らを残して行くのが心苦しい…



と、彼から聞いて、
もし自分の両親が同じ目にあって、
言葉も通じない、知ってる人も誰もいない異国の地の病院で入院することなったら…
と思うと、いたたまれない気持ちになりました。



それにその老人の奥さんも気の毒で、
どこにも行く所がないので、
ずっと一日中病院でご主人の側に付いているらしいけど、
彼女もかなり年配らしいので、
そのままだと倒れてしまうんじゃないかと心配になりました。



まだ退院して日も浅くてどうしても他人事に思えなかったのと、
自分が入院した時にいろんな人からお世話になった恩返しをいつかしたいと思っていたのもあって、
ちょうど子供たちの学校が休みになってパパの所に泊まりに行く一週間と、
A先生の帰国の日が近いということもあって、
彼とバトンタッチで急遽その老人夫婦のお世話を引き受けることにしました。



とは言っても奇麗事だけじゃなくて、
自分が入院してる間、
自信を喪失されそうな嫌な事もいろいろあったので、
人から必要とされることによって、
そのトラウマが解消できるんじゃないかという気持ちもありました。




人の役に立ちたい。

人から必要とされたい。

人の為に。

自分の為に





そういう思いから始めたボランティア。



もちろん今でもやって良かったと思っていますが、
ある人物の登場によって、
やっぱり私にはボランティアは無理かも?
と思わされることも…



ま、世の中なかなか理想通りにはならないもんですね。





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ボランティアとは?Part.2 「またもやICU」へ行く





ボランティアとは?Part.2 「またもやICU」
2008年 05月 16日 (金) 22:04 | 編集


その老夫婦をお世話するにあたって、
彼らにとって何が今一番必要なのか考えてみましたが、
旅の途中だったら数日は過ごせる分の生活必需品は持っていると判断して、
やはり日本の食べ物を持って行くのが一番良いんじゃないかと考えました。



そして初めて老夫婦に会いに行く日の朝、
病院に行く前に日本のスーパーに寄って、
おじいさんとおばあさんの分の食べ物と飲み物を買って行きました。



特におばあさんは土地勘もない、言葉も通じないニューヨークで、
どうやって一人で過ごしてるのか、ちゃんとご飯は食べているのか心配でした。



病院に着いて一般病棟に行くと、
病室におじいさんの名前はあるものの、
おじいさんらしき人もおばあさんらしき人もその辺りにいませんでした。



検査を受けに行っているのかと思って、その辺にいた看護婦に聞いてみると、
突然おじいさんの容態が急変したので、今はICUにいるとの事。




ICU? 


エコノミー症候群でICUに入らなきゃいけない状態になるわけ?





エコノミー症候群とは長時間同じ姿勢で座っていることによってなる病気だというくらいの知識しかなかったので、何故ICUに移動になったのか、状況がいまいちよく掴めませんでした。



それにしてもついこの間、ICUのスタッフと感動の再会をしたばかりなのに、
またもや舞い戻る事になるとは…
と思いながらICUに向かいました。



ICUに入ると、顔見知りの看護婦に声をかけられたので、
彼女におじいさんの事を尋ねました。




「○○さんが昨日からこっちに移ったって聞いたんですが」



「ええ、いるわよ。 ○○さんの知り合いなの?」



「いえ、知り合いじゃないんですが、
 A先生を通して今日から彼と彼の奥さんのお世話をすることになったんです」



「それは素晴らしいことだけど、あなた、ほんとに体大丈夫なの?」



「おかげ様であれから何の問題もなくて、元気ですよー」



「それはほんと良かったね。 あなたが来てくれたら彼らも安心すると思うわ」




そう言っておじいさんの所に案内されると、
なんと、そのおじいさんが寝ていたベッドは、
私がここに入院していた時に使っていたベッドと同じベッドでした。



それを見た瞬間、そのおじいさんが私自身に見えて、
第三者として自分を見ている気分になりました。



おじいさんは呼吸器を付けられて眠っていて、
素人目でも重症なのがわかりました。



その側にいたおばあさんに、



「始めまして。 日本人ドクターのA先生から伺って、
 何か○○さんのお役に立てればと思って今日からお手伝いに来ました。
 何か困った事とかあれば何でも言って下さいね」



「それはとても助かります。
 何せ英語ができないので、何もわからないし、何も伝えられなし…」



「私は英語は話せますが、1つ問題があって、
 医療の専門用語になるとぜんぜん駄目なんですよ」



「医療の専門用語なんて、
 日本語で聞いてもよくわからないことだからぜんぜん構いませんよ。
 それ以外の基本的な事も伝えられなくて困っていました」



「それでご主人の具合はどうなんですか?」



「ここに入院してから一度は回復して、病院食も食べていたんですよ。
 それなのに昨夜から急に容態が変わっちゃって…」
      

   

おばあさんと話し初めてすぐ、
今日が仕事納めのA先生がやって来ました。



一旦、おばあさんから離れてA先生と二人で話したところ、
おじいさんはエコノミー症候群で体の抵抗力が弱まってしまって、
他の病気が併発してると聞きました。



実は病気の他にも、もう一つ問題があって、
この老夫婦は今回の旅行の際に、何の保険も入って来てなかったらしいです。



若くて健康な人ならともかく、
かなりの高齢なのに海外旅行保険にも入ってこなかったというのには私もびっくりでした。



アメリカの医療費は世界でも有名なほど高額で、
私がくも膜下出血でかかった費用も約200,000ドル(約2千万円)近くしました。



ここまで高額になると、私の保険会社も半分はすぐに支払ってくれたものの、
残りの半分はかなり払い渋られて、
結局弁護士を通してようやく何とかなったって感じでした。



今回のおじいさんもICUで治療しているし、
入院も長引きそうなので、
保険無しだととんでもない金額になってしまいます。



ただアメリカでは今回のように突然の病気で救急病院に搬送された場合、
保険の無い人達はその旨を伝えれば、
病院が加入している保険会社が費用を負担する事になっています。



その事をおばあさんに説明することになり、
保険に詳しいアメリカ人のドクターとA先生と私とおばあさんの4人で話をしました。



おばあさんは話を聞きながら、



「はぁ、そうですか。 そうですか。 それではよろしくお願いします…」



と、俯きながら何度も頷いていました。





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ボランティアとは?Part.3 「善意と疑惑」へ行く




ボランティアとは?Part.3 「善意と疑惑」
2008年 05月 21日 (水) 08:43 | 編集


患者であるおじいさんはともかく、
おばあさんは一体どこに泊まって、どこで食事をしているんだろう?



と思っていたら、
この状況を見兼ねた病院側が、常識ではありえない特別処置として、
おばあさん用にベッドを用意してくれたそうです。



出産でも一泊しかさせてもらえないアメリカの病院で、
無料で寝泊りさせてもらってるだけでもびっくりしたのに、
その上、外に一人で食事に行けないおばあさんの為に、
病院食を1日3食出してくれているそうです。



普段のアメリカの病院は日本人としては面食らってしまうほど、




「金! かね!! カネ!!!」




という態度があからさまなのに、
「保険が無い=金にならない」患者の、それも付き添い人に対しての、
この病院側の至れり尽くせりの対処には、関係のない私まで感動してしまいました。



その後、おばあさんといろんな話をしました。



このご夫婦は昔ブラジルに住んでいたことがあって、
今は帰国して日本に住んでいるけど、
娘さんはそのままブラジルで結婚してご主人と子供たちと一緒に残っているらしく、
今回は久しぶりにブラジルにいるご家族に会いに行く途中だったらしいです。



今回の件でおばあさんがブラジルにいる娘さんに連絡を入れたところ、
4日後に娘さんがこっちにやって来てくれることになったらしいので、
それを聞いて私もホッとしました。



娘さんが来るまでは出来るだけお手伝いしようと思い、
それから毎日病院を訪れましたが、
一向におじいさんの意識が戻る気配がありませんでした。



ドクターによると(A先生はすでに日本に帰国したので、他のドクター)、
特にお年寄りの方は抵抗力が極度に弱まると、
普段誰しも少なからず体内に持っているバクテリア(ウィルスだったかな?よく思い出せない…)が増殖して、
いろんな合併症が出てくるらしい。



これを治すには何のバクテリア(?)が原因になっているのか調べないといけないんですが、世の中には数え切れないほどの種類があって特定するのが難しい。



特にこのおじいさんの場合、
ブラジルと日本に住んでいたことがあるので、
その対象となるバクテリアの種類も膨大になるそうで、
判定するにはかなりの時間がかかるらしい。



ドクターに会うたびに検査結果が出たか聞いてみましたが、毎回、



「まだ時間がかかる」



と言われるだけで、一向に検査結果は出ません。



おばあさんも日々憔悴してきて、ある日、




「ukainouさん、おじいさん、寝てるように見えるでしょ?
 でも寝てるんじゃないの。
 あの喉に通してる呼吸器ね、
 あれ、意識があると苦しいから薬で無理やり眠らされているの。
 でもね。
 実はもうおじいさん、駄目なんじゃないかって思い出してるの。
 もし、もう駄目なんだったらそうはっきり言って欲しい。
 何だかあんなふうに薬漬けで眠らされている姿を見てると可哀想になるの。
 せめて最後くらい薬を止めて意識を戻してあげて欲しい。」



と寂しげに言われ、
実はその時までおじいさんが死ぬかもとまで考えていなかった私は、
事の重大さに慌ててすぐにドクターと話をしに行きました。



そして検査結果はどうなったのか、
一体これからどういった治療を行っていくのか、
意識を戻してあげることはできるのか?



その他いろいろ聞いてみましたが、返ってくる言葉はすべて、




「検査結果が出るまでは何もしようがない」




と繰り返すだけでした。




この時私の脳裏に浮かんだのは、




保険(= お金)




でした。




ほんとにちゃんと検査をやっているのか?



もしかして保険がないせいでいろんな治療に制限がかかってしまって、
検査中って言いながらもほんとは何もしてないんじゃないか?



このまま何もしないで薬で眠らされて、
ただ亡くなるのを待っているだけなんじゃないか???



もしこれがクリントン(当事の大統領)だったり、ビルゲイツだったり、
そこまでの人物じゃないにしろ、ある程度のお金持ちだったとしたら、
あっという間に何の病原菌か判明するんじゃないのか?




と、だんだんと不信感が広がり始めました。



かと言って、私には信じる以外に何もする力は無く、
ただ一刻も早く検査結果が出て、
治療が始められることを祈るばかりでした。





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ボランティアとは?Part.4 「心の隙間風」へ行く




ボランティアとは?Part.4 「心の隙間風」
2008年 05月 23日 (金) 08:58 | 編集


結局何の進展もないまま数日が過ぎ、
ようやくブラジルから娘さんであるA子さんが到着されました。



娘さんとは言っても私の母くらいの年齢の方で、
謙虚なおばあさんから抱いていた私のイメージとは正反対の、
どっちかというとぶっきらぼうな話し方をするタイプの人でした。



病院で初めて彼女と会って、
簡単な自己紹介と一応これまでの経緯を彼女に話すと、

一言、



「あーそうですか」



と言い、



「あ、それじゃ、この件とこの件についてドクターに通訳してもらえますか?」



とさっそく用事を言われました。



違和感を感じながらも、状況が状況なので、
今はおじいさんの事で頭がいっぱいなんだろうと気を取り直して通訳をしました。



その後、A子さんと少し話をして、
彼女がニューヨークに来たのは初めてだという事と、
こっちに着いてすぐにミッドタウンにあるウィークリーマンションを借りて、
昨日からおばあさんとそこに泊まってると聞きました。

 


「初めての土地で、ここまで地下鉄で来るの大変だったでしょ?
 迷いませんでしたか?」



「大丈夫でしたよ。 
 というのも、ここの病院のスタッフの女性が毎朝迎えに来てくれることになって、
 今朝も彼女と一緒に来たんです。」



 「それってボランティアでってことですか???」



「多分そうなんじゃないですか? 
 あ、でも "どっちにしろ" 彼女の通勤の途中ですから。」




とあっけらかんと言いました。




通勤の途中とは言っても、朝の忙しい時にわざわざ地下鉄で一度降りて、
彼女たちのアパートまで迎えに行くのは大変なのに、
それなのにそんな言い方はないよなぁ…



と内心思いながらも、



 「それは良かったですね。 
 それを聞いて私も安心しました。
 それにしても今までおばあさんのベッドの用意をしてもらえたり、
 食事まで出してもらえて、その上、朝のお迎えまで来てもらえるなんて、
  ほんとラッキーですよね!」



と言うと、おばあさんが一言、



「でもあの簡易ベッドじゃ寝た気がしなかったんですよ。        
 それに落ち着かないし、お風呂も入れなかったし…
 ほんと疲れました。」



とため息と共に言いました。



お、お、おばあさんまで…
そりゃー、簡易ベッドじゃ落ち着かないやろうけど、
贅沢言ってられる場合じゃないでしょ?
不満があったんならとっととホテルに行けば良かったやん。
病院のスタッフも見兼ねて用意してくたのであって、普通そこまでやってくれないよ。
いくら今、自分に余裕がないからって…




二人とも感謝すべき所はちゃんと感謝しなきゃ。




と心の中で呟いていました…




でもその後、A子さんによって、こんなのは非じゃない極めつけの暴言が…




てきぱきと用事を片付けていたA子さんが、
ふと思い出したかのように私を呼んだので、彼女のほうに行くと、




「ところで母からちらっと聞いたんですが、病院代って、
 
 ただなんでしょ? ただ





と、何も悪びれる事なく、平然と言いのけました。



もちろん今回のケースは無料になるとは言ったけど、
それをあたかも当然の権利として受け取って良いわけ???




その瞬間、
あんなに親身になっていた日本人ドクターのAさんや、
おじいさんを診ているドクターや看護士たちや、
おばあさんの為に毎食食事を運んでくれたり、
朝迎えに来てくれている病院のスタッフの姿が走馬灯のように頭をよぎり、




ヒュルルル~~~




と心に隙間風が吹いてきました。





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ボランティアとは?Part.5 「感謝の気持」へ行く





ボランティアとは?Part.5 「感謝の気持」
2008年 05月 27日 (火) 10:47 | 編集


一連の発言で気持ちが萎えかけましたが、 
ボランティアというのは見返りを期待してやるもんじゃないと自分に言い聞かせて、
おじいさんが退院するまで頑張ろうと思いました。



ただA子さんが来たことによっておばあさんの心配は無くなったし、
病院でのお世話もそんなにする必要が無くなったので、
A子さんに何か困っていることがあるか聞きました。



A子さんは一番困っているのは土地勘が無いことだと言ったので、
彼女たちが泊まっているウィークリーマンションの近辺の案内をするをする事になりました。



そして翌日、
彼女たちが泊まってるウィークリーマンションを訪ねて中を見せてもらいました。



そのウィークリーマンションはとても綺麗で清潔感もあり、
台所もついていたのでおじいさんの看病が長引いたとしても、
不自由なく生活ができる環境で安心しました。



ただ台所はあっても生活必需品は無かったので、
それらが手に入る所を案内する事になり、A子さんと二人で出かけました。



二人で街を歩きながらいろんな話をしていると、
昨日の病院での彼女とは違い、結構会話が弾んで和やかなムードだったので、
昨日は初対面だったし、病院だったのでちょっと無愛想な感じだったのかなと思いました。



スーパー、郵便局、銀行の場所など、
A子さんが知りたがっていた場所を案内していると、
だんだんとお腹がすいてきました。



ふと、時間を見ると、すでにお昼を過ぎていました。



A子さんもお腹がすいてるだろうとは思ったけど、
もし私がA子さんだったら、
この状況で一緒にランチをした場合120%私がごちそうしようと思うので、
一人で勝手にそんなの悪いしなぁと思い、
自分からどこかでランチを食べましょうとは言えないでいました。



でも私は空腹だと機嫌が悪くなってしまうので、
ちょうどこれから行こうと思っていた日系のベーカリー屋のザイヤで簡単な物を買って食べようと思いました。



そこだと手ごろな値段でおしいい物が売っているので、
もし彼女が払うと言ってもそんなに気を使う金額ではありませんでした。



でもたとえ彼女がそう言ってくれたとしても、
その気持ちだけ有難く頂いて、自分で払おうと心に決めていました。



でもできるだけ彼女に気を使わせないようにしようと思い、
ザイヤに着いて彼女に、



「ここで何か買って食べながら休憩しましょう」



と言った後、さっさと自分の食べるものを選んで、
彼女が払うと言い出す前に会計を済ませちゃおうと考え、
急いでレジに並びました。



並んでる最中もいつ背後から彼女がやってきて、



「ukainouさん、それ私のやつと一緒に払いますから~~」



と言われるんじゃないかとハラハラしながら、
ふと、もう一つある別のレジのほうに目を向けると、
A子さんが私より少し前の位置で、
自分の食べるものをしっかり持ってとっとと並んでいるのが見えました…



勝手に、



「ukainouさんには私が来る前からいろいろお世話になってるんですから、
 これくらい私に払わせて下さいよー」



「いえいえ、私が好きでやってることですから気を使わないで下さい。
 その気持ちだけで十分嬉しいです」



という会話を想像していた私は、
まったくそんな素振りも無しで、
とっとと自分の分だけ持ってレジに並んでるA子さんの姿を見て、




あのさー、 
いくら自分で勝手によかれと思ってやっていたことだとしても、
今まで私がおばあさんに持参した差し入れの合計ってここの金額よりもっと多いんだよー。

それに病院に行くのだって、
今日こうやって来たのだって交通費かかってんだよー。

それもお金が有り余ってるならともかく、生活切り詰めてる中から出してんだよー。

それよりも何よりも、ほんとはこんなセコイ事考えたくないんだよーーーー!

こんな事思ってる自分も嫌になってくるやんか。

いくらボランティアとは言え、感謝の気持ちを期待するのって間違ってる?

感謝の気持ちを期待することも見返りを期待してることに入るんだったら、




やっぱり私にはボランティアは無理!




と思ってしまいました。 (←やっぱり空腹なので切れちゃった)




普段ボランティアをしてる人達って、
感謝の気持ちが感じられなくても不満に思わず、
最後まできちんと仕事を成し遂げられるのかな?



見返りはいらないと思い込んで始めたボランティアだったけど、
やっぱり感謝の気持ちは欲しかった。



私はA子さんじゃないので、感謝の気持ちが本当になかったのか、
それとも少しでもあったのかはわかりませんが、
感謝されていると感じずにモチベーションを保つのは厳しいので、
ボランティアって難しいなとつくづく思いました。



でも、それじゃやらなきゃ良かったか?と問われると、
いろんな意味で良い経験になったのでやって良かったとは思っています。




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ボランティアとは?Part.6 「最終話」へ行く




ボランティアとは?Part.6 「最終話」
2008年 05月 29日 (木) 20:37 | 編集


私より先に支払いを済ませて席についてるA子さんを尻目に、
落胆した気持ちでレジで支払いを済ませ、
A子さんが座ってる席に向かいました。



それでも一応理性は残っていたので、
落胆を彼女に悟られてはいけないと思い、
作り笑顔で彼女と会話しながら食事しました。



でも頭の中では、子供の頃よく母と母の知り合いとの間で繰り広げられていたある光景が浮かんでいました。




知り合い 「これでお子さんに何か買ってあげて下さい」 (又は品物)


    母 「そんな、気を使わないで下さい! その気持ちだけで十分です!」


知り合い 「いえいえ、私の気持ちなんで!」


(お互いだんだん声が大きくなる)


    母 「いえいえ、そんなの困ります!」


知り合い 「いえいえ、そんなことおっしゃらずにぜひ受け取って下さい!」

  


数回そのお金(又は品物)が母と知り合いの間を行ったり来たりした後、
最終的には側にいた私が呼ばれ、



知り合い 「これで何か好きなの買ってね!!」



と言って無理やり私に握らせ、そのバトルは終焉する…




という光景を思い出していました。



あの頃は何で大人ってそんな面倒臭い事をするのか不思議でしたが、
品物を渡すほうはそれで感謝の気持ちを表そうとし、
受け取るほうはそれを断ることによって見返りを期待している訳じゃないと表す。



A子さんと食事をしながら、
そんな日本独特のコミュニケーションが懐かしいなぁと思ってました。

(品物が何度も行ったり来たりするのはちょっとやりすぎだと思いますが)



もちろん私も気持ちの問題であって、
何かが欲しかったわけでも、奢って欲しかった訳でもないです。



そんなこんなで上の空でA子さんと会話をしたので、
彼女と何をしゃべったのかまったく覚えてませんが、
あの日を境に急激にやる気が無くなってしまったのは確かです…



どっちにしろA子さんが来たので私が病院に行く必要は特にないし、
もし何かヘルプが必要だったらその時に行けばいいやと思い、
次の日から病院に行かなくなりました。




それから数日たったある日、
それまでまったく連絡が無かったA子さんから突然電話がありました。



A子さんは多分私に対して何とも思ってはいないと思いますが、
病院に行かなくなったことで、
多少罪悪感を感じていた私は気まずい思いで電話を取りました。




「もしもし、A子です。 ukainouさんですか?」




「はい、そうです。 
 ここのところちょっと忙しくて病院に行けなくてごめんなさい。
 おじいさんの具合はあれからどうですか?」




「実はその事で電話したんですが…」




「昨日急に容態が変わって…」








「そのまま亡くなったんです…」







えええっ!!???







あまりの驚きに何て声をかけたらいいのかわからなくて、
言葉が出ませんでした…





「そうなんですか…」





と言いながら頭の中で、





亡くなっちゃったんだ…

ということは結局おじいさんはあの後、
一度も意識を取り戻すことなく亡くなってしまったってことだよね…

最後のお別れもできないまま、
おばあさんはおじいさんと永遠の別れになってしまったってことだよね…

ということはA子さんも最後のお別れができなかったってことだよね…

一度は病院食が食べれるほど元気になったっていうのに、
まさか亡くなってしまうとは…

病院側の陰謀もあるの?





と、ぐるぐるといろんな思いが駆け巡りました。





そしてすっかりやる気がなくなって病院に行っていなかった事も後悔し始め、


A子さんに、





「ただでさえ大変な事なのに、
 外国でいろんな手続きとかいろいろ大変でしょうから、
 何か私でできることがあれば何でもお手伝いしますので、
 遠慮せずに言って下さい!」





と、彼女に言うと、




「あ、その件に関しては大丈夫です。
 亡くなってすぐに日本領事館に電話して、
 火葬の手配や飛行機の手配、必要書類の手配など全部やってもらいました」






さすが、A子さん、ぬかりはない!






この人って仕事させたら結構できるタイプなのかも。
私より完全上行ってるなー。



それにしても領事館の人達が火葬の手配とか、
その他の手続きも代わりにやってくれると知らなかった私は、




「領事館の人達がそういうこともやってくれることがあるんですね。
 ぜんぜん知りませんでした」




と言うと、




A子がさんがすかさず一言、





「それが彼らの仕事ですからね」






出たー!! A子節!!






ここまで来ると次はどんな言葉が出てくるのか半ば楽しみになっていました。





おじいさんが亡くなっていろいろ大変だとは思いましたが、
このA子さんがいれば私がしゃしゃり出なくても大丈夫だろうと判断して、
何かヘルプが必要になったら連絡をいれてもらうってことにしました。




それから2,3日経ってA子さんから電話があり、




「すべて片付いたので、明日ブラジルに帰ることになりました。
 ukainouさんにはいろいろお世話様になりました。
 ありがとうございました
。」





と初めて感謝の言葉を言ってくれました。



たった一言だったけど、
ただのお決まりの別れの挨拶っぽい言い方ではあったけど、
それでもその一言で気持ちが救われたような気がしました。



すぐ調子にのる私は、



今は二人ともこんな時だし、
自分達のことだけで精一杯で周りが見えてなかっただけなのよ!!

どんな形であれ、縁あって知り合ったんだし、
国に帰って落ち着いたら、
絵葉書の一枚でも送ってきてくれるんじゃないかな~



と思いながら、







すでに数年経っています…








おい! やっぱ、なしのつぶてかよーーー!!??





一瞬でも期待した私が馬鹿でした…



こんな欲深い私には、
やっぱり崇高なボランティアは無理ですわ~~。





チャンチャン











「ボランティアとは?」を最後まで読んで下さってありがとうございます。

今回病院での陰謀説に関して少し書きたい事があったんですが、
話が脱線してしまいそうだったので、
次回この事だけちょこっと書きます。




ボランティアとは?「追記」へ行く





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まとめ
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