ニューヨーク生活20年で経験してきた様々な実話集。 好きだから別れるしかなかった。そして別れてから始めて気づく事。新連載スタート。
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ICU体験記 Part.8 「お見舞い」
2008年 04月 16日 (水) 21:14 | 編集


水が飲めないことで気力も無くなり、
思考能力も無くなってただ朦朧としていると、
警備員のような格好をした男の人二人がやってきて、
私をベッドごと移動し始めました。



それまでいたリカバリールームからICUに移動されるようでしたが、
ICUまでは結構距離があり、
ベッドごとエレベーターに乗ったり、
一般の人達や子供たちがウロウロしている所を抜けていきました。



その時、他の人達から同情するような目で見られ、
何となく、
 



「悲劇の主人公?」




っぽくて、不謹慎ながら一瞬そんな自分に自己陶酔していました。



そしてようやくICUまでたどり着き、
自動ドアの中に入ると、
中はいろんな機械がごちゃごちゃあって、
たくさんの人達が働いていました。



その一角にベッドを設置され、
私の体にいろんな管&装置を体中に取り付けられ、
身動きできない状態になりました。



このICUに一週間滞在することになるんですが、
ICUの中では消灯時間というものがないので、
時間の感覚がまったくありませんでした。



ビジターも24時間OKなようで(多分)、
いろんな人達がひっきりなしにやってくるし、
ICUだけあって24時間治療していて寝ていても起こされるし、
あちこちで緊急のアラーム鳴りまくりで、
とにかく落ち着かないの一言です。



まぁ、もちろん誰もICUでくつろごうと思ってないのでOKですが。



ICUに移って以来、
いろんな人がお見舞いに来てくれて素直にすごく嬉しかったです。



今回入院するまでは、
入院して弱っている姿を人に見られるのなんて絶対嫌だと思っていたんですが(すっぴんだし…)、
人間弱ると恥も外聞も無くなって、
ただただ人恋しくなってしまうもんなんですね…



仕事があって忙しいはずのに、
毎日必ずお見舞いに来てくれたMさん。



彼女には面と向かっては照れくさくて言わなかったけど、
彼女が毎日来てくれたおかげでどれだけ心が救われたことか…



それにどこから聞きつけたのか、
久しぶりに会う知り合い。



こういうきっかけがなければ再会することもなかったかもしれないと思うと、
こうやって再会できたことに感謝。



それに皆の協力で、
私の最新情報がNYにいる知り合いから日本にいる知り合いにまで細かく伝わり、
いろんな意味で助けられました。



そう言えばお見舞いといえば、
私の元夫と当時付き合ってた彼と私の母親という微妙な面子が揃ってしまったこともあって、さすがにこの時は気まずかった…



ただ唯一会いたくても会えなかったのは子供たちでした。



ICUは子供のお見舞いは禁止されています。



理由は私が思うに、




「子供達にとって怖い場所」




だからでしょう。



もちろん子供がいると邪魔だという理由や、
二次感染を防ぐという理由もあるとは思いますが、
やはり子供達に現実の生と死の狭間を見せるのは酷だからじゃないかと思いました。



ICUに移ってからのある日、
ぼーっとしていると、
私の目の前を私のお見舞いに来てくれたのであろう友達がキョロキョロしながら通り過ぎようとしたので、



「○○さん、こっちやでー」



と言って手を振ると、
慌てて私のほうにやってきたんですが、
彼女の後日談で、



「今だから笑って話せるけど、あの時、正直言ってどこにあなたがいるのかわからなかったのよ…」



「それくらい他の重病患者の人達と一体化してたよ」



と言われました。



ICUの患者の中で私のように意識がある人間は珍しく、
ほとんどは意識のない人達ばかりで、
皆大変そうだなぁと自分は他の患者と違うと勝手に思いこんでいたんですが、
彼女からみたら私もまったく同じだったらしいです。



ICUでは生と死が常に隣り合わせで、
私がいた一週間の間にも何人もの方が亡くなりました。



ただでさえ精神的に弱ってた私には、
赤の他人とは言え、
目の前で人が亡くなっていくのを見るのは結構辛かったです。



パタパタっと一般の人達の出入りが多くなったと思ったら、
お祈りが始まり、
しばらくするとすべて綺麗に片付けられ、
その後また別の患者が入ってくる…



その繰り返しでした…





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ICU体験記 Part.9 「良い看護婦、悪い看護婦」へ行く






Comment
この記事へのコメント
生きていてよかったですね~。KIDSたちとも再会でき!
それにしても、臨場感ある描写で、読んでいるほうも、ドキドキですよ、ほんと、死ととなりあわせ、すごい経験をなさったんですね。ひゃあ。私は、食中毒で、ケニアの病院で1週間入院したことはあるものの、見習い看護婦が、点滴を私の腕にさした際、逆流して、血がどんどんチューブから点滴の液のほうに流れた際は、うひゃあと思ったものの、たかだか食中毒、手術をしたわけではないし、それにくらべ、ukainouさんの人生はすごすぎる。私たち、おなじ年なのに、ukainouさんの人生、生き方は、いつも大胆で、豪快すぎるわあ。
今後、ますます期待していますね~!
2008/ 04/ 19 (土) 11: 18: 00 | URL | CHIE # 79D/WHSg[ 編集 ]
すごいですね!同じ部屋で人の生死を見るなんて経験めったに
できないですよね(>_<)
前のだんな様と彼のはち合わせもすごい(^^;
いろんな経験されてますね!!
2008/ 04/ 19 (土) 18: 15: 00 | URL | harihari # 79D/WHSg[ 編集 ]
Chieさんこそ、普通の人が行かない国を渡り歩いててすごいですよー。私は治安が悪い国は怖くて行けないですもん。 ケニアってどうなんですか?夜女性が一人で歩いてても大丈夫なんですか?
2008/ 04/ 20 (日) 08: 47: 00 | URL | ukainounyc # 79D/WHSg[ 編集 ]
harihariさん、そうなんですよー。うちの母は元夫に対して裏切られたっていう感情を持ってるので気まずいし、元彼に関してはその存在をまったく知らなかったので気まずいしで、鉢合わせた時は微妙な空気が漂っていました。男二人は自己紹介しあって一見和やかな雰囲気ではあったけど、それはそれで何とも言えない変な感じでありました。
2008/ 04/ 20 (日) 08: 54: 00 | URL | ukainounyc # 79D/WHSg[ 編集 ]
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